ASLE日韓合同シンポジウム レポート

緊急報告●ASLE日韓合同シンポジウム「場所、自然、言葉――日韓環境文学の〈いま〉を考える」(2007年8月19日~21日、金沢市文化ホール・大乗寺)文:結城正美

 金沢では旧盆を過ぎれば暑さが和らぐのが常なのですが、今年はちがいました。国外からのゲストに申し訳ないと思ってしまうほどの酷暑のなか、ASLE日韓合同シンポジウムが3日間にわたって開催されました。ニューズレター23号でシンポジウム特集が組まれますので、講演や研究発表の詳細についてはそちらをご覧いただくこととし、このレポートでは当日の様子をライブなかたちでお伝えできればと思います。


初日 8月19日(日)

 午後2時過ぎに開幕。午前中に役員会、年次大会、総会が立て続けにおこなわれ、ランチをゆっくり取る暇もなく日韓シンポに突入です。小松空港から金沢へ移動し午後1時過ぎに会場隣のホテルにチェックインなさったASLE-Koreaの参加者20名も、休む暇なく会場入り・・・。3日間にわたるタイトなスケジュールを象徴するオープニングでした。

 生田代表によるウェルカムスピーチの後、高銀氏の講演「ささやかなる省察」を傾聴しました。「〈自然は永遠だ〉などと考えてはいけない。〈自然は虚構である〉と認識すべきだ」と語る高銀氏は、〈自然〉や〈環境〉が思想的ゲームや文学的遊戯として利用されている現実を見据えたうえで、自然を対象化する文学的制約を超える詩の世界――「詩は文学ではない。詩は詩である」――へと私たちを案内してくださいました。ひとつひとつ慎重にことばを選んでおられる姿勢が印象的でした。

 その後、セッション1「日韓環境文学における自然の詩学」で4件の発表がありました。今回のシンポでは、「原稿を読む」という文学関連学会でよくみられるスタイルを避け、聴衆に届くことばを使って実のある議論を実現したいと願っていました。そのように事前に繰り返しお願いしておいたせいか、発表者はそれぞれに工夫してくださったと思います。質問やコメントが飛び交っていました。

 セッション1の後は、寿司やスナックをつまみながら冷えたビールで喉を潤し、しばし歓談。この後リーディングワークショップを控えているので、みなさんどうか飲み過ぎないで・・・と実はハラハラしていました。ASLE-Korea の参加者は、午前9時ソウル発の便でのご来沢だったので、かなりお疲れのご様子・・・「朝4時起きなんですよ。今日はもう失礼していいですか」と面と向かって訊かれたりもしましたが、半年以上にわたってリーディングワークショップの準備を進めてきた日韓ASLEの院生の努力を思うと、「はい、どうぞお休みください」とは口が裂けても言えません。「院生が頑張って準備してきたのですから、お疲れでしょうけれど参加していただきたい」と語気を強めてお願いすると、苦笑を浮かべつつ聞き入れてくださいました。

 リーディングワークショップは、ブルース・アレンさん進行のもと、ASLE-KoreaとASLE-Japanからそれぞれ3名の院生会員がディスカッションリーダーを務めました。韓国側から提示された共通テキストCracking the Shell: Three Korean Eco-poets (Homa&Seket Books, 2006)について、ASLE-Jの中村、森田、山本各氏が読みを披瀝し、それに関してASLE-Kの院生会員がコメント。続いて、日本側で作成した共通テキストJapanese Environmental Literature: Selected Works for Reading Workshop ASLE Japan-Korea Joint Symposium (2007)についてASLE-Kの院生の読みが提示され、ASLE-J院生がコメントをおこないました。同一テキストをめぐって多面的な読みが示されたことで、フロアも触発されたのでしょう。多くのコメントや質問が寄せられました(アルコールの力もあるでしょうか)。


2日目 8月20日(月)

 会期中は基本的に日韓英の三言語同時通訳が付きましたので、講師や発表者は、事前に通訳者との打ちあわせをおこないました。この日のプログラムは10時開始でしたので、午前9時から20分刻みで、講師の内山節氏、セッション2発表者、セッション3発表者と通訳者との打ち合わせがおこなわれました。固有名詞が飛び交うなか、通訳の方が必死に電子辞書に目を走らせている姿が印象的でした。

 シンポ2日目は、内山節氏の講演「日本の伝統的な自然観について―基層的な精神と現代の課題」で幕を開けました。日本の伝統的な自然観が「国家を持たない」自然観であるということが強調的に語られていたにもかかわらず、あるいはだからなのか、日本の政治的過去と自然観の関係について韓国側から多くの質問が寄せられました。

 研究発表は3つのセッションで計11件ありました(セッション2「場所の感覚」、セッション3「近代化と日韓の環境言説」、セッション4「文学と環境の行方——東アジアからの提言」)。議論型の形式に慣れてきたためか、お昼頃から、「発表者のプレゼンテーションをもっと短くして、議論する時間をとってほしい」という声が参加者から寄せられ始めました。たしかに予稿集の原稿の要約と補足説明なら5分で済みます。発表者のプレゼンテーションに13分を充てるというのは、多過ぎたかもしれません。次回このスタイルで国際シンポを開催する場合は、「発表5分」で十分でしょう。もちろん参加者が予稿集の原稿を熟読しているという前提で、ですが。

 午後になるとさすがに疲れが出てきたのか、3時のコーヒーブレイクではカフェインを求めて長蛇の列ができました。余談ですが、会場の喫茶店からケイタリングしたこのコーヒー、カップ&ソーサーか使い捨て紙コップにするかで、一杯100円の差があるのです。「環境」を冠した国際シンポジウムですので、ゴミは出したくありません。一杯100円高くなるのは財布にひびきますが、カップ&ソーサー仕様にしたのはそのためです。また、この日の昼食は容器回収型の仕出し弁当にしましたし、箸は「ASLE日韓シンポジウム」と金字で刻まれた輪島の塗り箸を用意しました(これは記念品としてお持ち帰りいただきました)。さらに、飲み物のコーナーには、紙コップではなく金沢大学から掻き集めてきたグラスを備えておきました。如何にゴミを出さないでおくかということが、じつは開催地の実行委員として最も悩まされた課題のひとつだったことをここで告白します。

 閑話休題。さて、この晩は、会場の金沢市文化ホールに隣接する金沢屈指の老舗ホテル、金沢ニューグランドホテルで夕食会が開かれました。日韓ASLEそれぞれの代表の挨拶、そして本シンポ最大の支援者であるロレックス・インスティテュートのブルース・ベイリー日本ロレックス社長の日英バイリンガルスピーチで沸いた会場で、90名近い出席者が歓談しました。金沢大学学生サークルによる雅楽と狂言をたのしみ、高銀氏とゲーリー・スナイダー氏のお話に酔いしれ、2時間の宴が過ぎていきました。


3日目 8月21日(火)

 午前中いっぱい最終セッション「ゲーリー・スナイダーinアジア」。3時間にわたり、4名の発表者と4名のコメンテーターが、スナイダー作品とアジアとの接点を多面的にみせてくださいました。コメンテーターのお一人は、なんとスナイダー氏ご本人。発表者ひとりひとりにコメントしておられました。書き手と研究者とのダイアローグの現場に立ち会えたことに興奮を覚えたのは、私一人ではなかったでしょう。

 午後はラウンドテーブル「さらなる連携を求めて」で、日韓ASLEの現・元代表がこれまでの想いや今後の展望についてお話になりました。近代化の検討、仏教や禅に準拠した環境文学研究のフレームワーク構築など、本シンポジウムをとおして日韓共通のテーマがいくつか明らかになりましたが、それを今後具体的に共同研究のなかで発展させていくこと、またそのための次世代の連携強化が提案されました。

 午後3時、ASLE-Koreaの李代表によるスピーチで、金沢市文化ホールでのプログラムは終了しました。

 その後大型バスに乗って大乗寺へ。高銀氏とスナイダー氏のポエトリーリーディングです。ことばのパフォーマティヴィティに魅了された2時間でした。それにしても、高銀氏が朗読なさっているときに幾度となく聞こえてきた鐘の音——あれは偶然だったのでしょうか。にくい演出と思えてしまうほど、詩人のことばと共振した禅寺の夕べのサウンドスケープでした。


ハワイ~沖縄~金沢 ASLE日韓合同シンポジウムでの新たな試み

 ここで暫し今回のシンポジウムをマクロな視点から振り返ってみたいと思います。日韓シンポジウムは、ASLE-J設立2年後の1996年にASLE(US)と合同で行ったハワイでのシンポジウム、2003年に沖縄で開催されたASLE国際シンポジウム(通称「沖縄シンポ」)に続く、ASLE-Japanが主催する3つ目の国際シンポジウムです。このたびのシンポジウムは、いろんな意味で沖縄シンポの続編だと言えます。高銀氏、スナイダー氏、そして当初講師としてお招きする予定だった森崎和江さんとASLE-Japanとのご縁は、沖縄シンポに遡ります。そして何よりも、沖縄シンポで掲げられた「アジアからの発信」を実現するための具体的な一歩として、本シンポジウムは構想されたのでした。

 沖縄シンポの成果出版『自然と文学のダイアローグ』序文で、当時の代表であった山里勝己氏は次のように述べておられます。

 (沖縄シンポの4つの特色の)二つ目は、日米に限らず、韓国、台湾からも講師を招き、アジアからの発信を強調することであった。自然環境に関する議論にはグローバルな視野が求められることは言うまでもないが、本シンポジウムでは日本の作家だけではなく、韓国、台湾から代表的な作家を招き、東アジアの自然観を模索し、環境問題も議論した。同時にアメリカの作家や研究者のコメントを含めることで、比較文化論的なアプローチも試みた。(中略)これは、また、アジアからの発信を待望する欧米の研究者や作家の呼びかけに答えようとする試みでもあった。(3)

 アジアからの発信は、アジア諸国の環境文学研究者のネットワーキングなくして実現しません。沖縄シンポでASLE-Japanのまなざしはアジアへと向けられました。次になすべきことは、アジアでの顔がみえる研究交流です。今回のシンポで、ASLE-Koreaから発表者だけではなく計20名を招待したのは、できるだけ多く参加していただくことで日韓環境文学研究者のコモングラウンドを探り、ネットワーキングを進めたかったからにほかなりません。

 研究交流を深めるために2つの仕掛けを考えました。ひとつは予稿集の作成、もうひとつは基本的に母語が使用できる環境整備です。以下、当日の様子を振り返りながら、それぞれについて簡単に説明します。


試み1:予稿集の作成

 シンポジウム当日は限られた時間をできるだけ多く議論にあてたいと考え、発表原稿およびリーディングワークショップの原稿を日韓英の三言語で収録した『予稿集』を作成し、事前に参加者に配布しました。予稿集はおおむね好評でした。

 同時通訳が付くとはいえ、言語も文化も異なる研究者の集まりで活発な議論を実現するには、あらかじめ発表内容を把握しておくことが不可欠です。予稿集に目をとおしておくことで、コメントや質問を用意してシンポジウムに臨むことができます。また、通読することで複数の原稿の共通項が見出せたり、比較検討の価値に気づくこともあったことでしょう。

 大変だったのは言語の問題でした。付録メモに記したとおり、三言語の原稿のうち可能な限り二言語以上を発表者自身に執筆していただきました。翻訳料が限られているという財政的理由のほかに、発表者自身に取り組んでいただくことで、より正確な異言語バージョンが可能になると考えたからです。ASLE-Koreaの原稿は、韓英の二言語バージョンで提出していただき、英語原稿の日本語訳をASLE-J翻訳分科会のメンバーに依頼しました。この方法はかなり効果があったと思います。少なくとも翻訳担当者や訳稿チェック担当者は、原稿を読み込むことにより発表内容の理解が深まり、シンポジウムにより積極的に関与してくださったように思います。シンポ当日、ASLE-Kの原稿執筆者とASLE-Jの訳者が話し合っている様子をみて、そう実感しました。


試み2:母語使用環境の整備

 シンポジウム構想の初期段階から日韓英の三言語同時通訳を想定していたわけではありません。最初は、国際シンポジウムなので英語を使えばよいという案も出ていました。しかし、日韓の研究交流が英語使用空間で実現するのかという問題を考えた時、母語使用環境の整備が重要であることは誰の目にも明らかでした。

 言うまでもなく、英語使用空間では、母語が日本語であれ韓国語であれ、英語的発想で思考せざるをえません。それが自由な思考につながる場合もありますが、英語を母語ほど使いこなせない場合、表現すること自体が苦痛になります。そのような環境では実のある議論は期待できないでしょう。言いたいことが自分の言葉で言えるという当たり前の環境を整備するために、今回のシンポジウムでは同時通訳を付けました。

 これも参加者には好評でした。すばらしい通訳だったという声が多く聞かれました。この規模の大会にしては「贅沢だ」というご意見はありましたが、同時通訳に否定的な感想は皆無でした。

 同時通訳か英語使用かという選択肢のあいだで揺れたのは、費用の問題があるからにほかなりません。同時通訳手配にはかなりの費用がかかりますが、それに加えて今回の場合は金沢に同時通訳者がいないため、遠方から来ていただくための旅費・滞在費等もかかりました。東京で開催していれば費用は3分の2以下で済んだでしょう。国際大会開催をめぐる〈地方の壁〉を痛感しました。

 参加者100名程度の国際大会で会期中ずっと同時通訳をつけるとは信じがたい、と業界の方に言われたことがあります。政府の国際会議並みですよ、と半ば呆れられもしました。けれども、自分の言葉で表現することがままならない環境で、言葉の問題を議論することができるとは思えませんでした。同時通訳は今回のシンポにとって不可欠な要件であったと言えます。

 韓国で合同シンポジウムを開催するときには、一部日韓の通訳を付けたセッションを設けるとしても、主として英語を使用することになるだろうと、ASLE-Kの参加者が話していました。会場手配や助成金申請などの準備を考えると、毎回同時通訳を依頼することは困難です。今回のシンポジウムで顔の見える共同研究の素地はできたはずです。次は英語でも活発な議論が期待できるでしょう。

 最後に、本シンポジウムは実行委員のほかに、多くの会員のご協力によって実現しました。会計担当の辻和彦さんと高橋綾子さん、書店ブースを取り仕切ってくださった中村優子さん、そして短期間で予稿集の翻訳に取り組んでくださったASLE-Japan翻訳分科会の方々をはじめ、ご協力くださったみなさまに実行委員を代表してお礼申し上げます。


 〈追記〉レポートを書きながら気づいたのですが、これまでASLE-Jが主催してきた国際シンポジウムは、「ハワイのシンポ」や「沖縄シンポ」というふうに地名と結びつけて語られています。しかし今回の会は一貫して「日韓シンポ」と呼ばれています。それはそれで意味のあることですが、開催地の実行委員としては「金沢シンポ」という呼称を提案したい気持ちもあります。いかがでしょうか。


付録メモ:ASLE日韓合同シンポジウムまでの道のり

2005年5月: ASLE隔年大会(オレゴン州ユージーン)において、日韓研究者のセッション “Asian Perspectives on Modernization and Literary Environmentalism” (Chair: Noda Ken-ichi)を実施した。また、オレゴン大学近辺の中華料理屋にASLE-Japan, ASLE-Korea会員が集い、共同研究についてインフォーマルな意見交換をおこなった結果、合同シンポジウムの構想が生まれた。
9月: ASLE日韓合同シンポジウム実行委員立ち上げ
2006年3月: 実行委員訪韓、ASLE-Kと打ち合わせ