土地倫理[land ethic]

 「大地の倫理」とも訳される。土地倫理は、米国森林局に務めた後にウィスコンシン大学で教鞭をとったA・レオポルド(Aldo Leopold)が『野生のうたが聞こえる』の第三部「自然保護を考える」に収めたエッセイ「土地倫理(ランド・エシック)」で提示した概念である。土地倫理は、土地利用に関して、近代以降の「人間中心主義(anthropocentrism)」的な見方から「環境中心主義(ecocentrism)」的な見方への転換を説き、1970年代から欧米を中心に展開されてきた「環境倫理学」の原点となった。

 レオポルドは、奴隷解放の歴史を引き合いに出し、これまで倫理則は個人間と人間の共同体に対してのみ適用されてきたが、倫理則適用範囲の拡張は、進化の筋道としても生態学的にも必然であると主張する。レオポルドは、C・ダーウィン(Charles Darwin)の説を取り入れ、個体は相互依存的な諸部分から成る「共同体」の一員であって、個々の本能は共同体の他の構成員と競争するように仕向けるが、その倫理は他の構成員と協力するように仕向けると説明する。そして「共同体」という概念を、人間社会だけでなく、「土壌、水、植物、動物、つまりはこれらを総称した『土地』」(レオポルド 318)にまで拡大する。この引用からわかるように、レオポルドの言う「土地」は、山、川などの環境と当該地域に棲息する生物を包摂し、「生態系」とほぼ同じ意味である。

 レオポルドは、倫理的視点を初期の生態学理論と融合させ、生物個体の利益ではなく生物共同体全体の利益を重視する。土地利用は「生物共同体の全体性、安定性、美観を保つものであれば妥当だし、そうでない場合は間違っている」(レオポルド 349)とされ、生態系を重視する土地倫理においては、人間の利益のみを重視した土地利用は批判される。倫理はその土地に生きる人間と動植物の関係全体に適用されるべきであり、土地倫理は、ヒトという種の役割を、土地という共同体の征服者から単なる一構成員へと変える。

 J・ベアード・キャリコット(John Baird Callicott)は、レオポルドを環境倫理学の父として評価し、土地倫理の概念に哲学的な基礎づけを行ってきた。R・ナッシュ(Roderick F. Nash)は『自然の権利』において、レオポルドが有機体としての土地概念を形成する上で、同時代のロシアの思想家P・D・ウスペンスキー(Peter D. Ouspensky)の『第三のターシャム思考規範・オルガヌム』(英訳1920年)を読み、影響を受けたことを指摘している。

(浅井千晶)

 

参考文献

・加藤尚武『環境倫理学のすすめ』(丸善ライブラリー、1991)

・小坂国継『環境倫理学ノート―比較思想的考察』(ミネルヴァ書房、2003)

・カレン・コリガン=テイラー「大地の倫理」文学・環境学会編『たのしく読めるネイチャーライティング』(ミネルヴァ書房、2000)252.

・ロデリック・F・ナッシュ『自然の権利―環境倫理の文明史』松野弘訳(ちくま学芸文庫、1999[原著1990])

・アルド・レオポルド『野生のうたが聞こえる』新島義昭訳(講談社学術文庫、1997[原著:1949])

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