環境正義(環境的正義・環境公正・環境的公正)[Environmental Justice]

【理論・概念編】
 「環境保護・保全」と「社会正義・公正」とを統合し、環境問題における正義の実現を目指す概念。この概念が登場する前、つまり1970年代以前は環境問題が正義の観点から捉えられることはほとんどなかった。しかし1960年代のアメリカの公民権運動を経た1980年代、それまでは白人・中産階級・男性の観点からのみ論じられがちだった環境問題を少数者の観点から捉え直そうという動きが生まれ、そのような文脈下でこの用語は誕生した。
 「環境正義」が主題化された具体的な事例として、1980年代のアメリカで、貧困層のアフリカ系アメリカ人(黒人)やアメリカ先住民(インディアン)が多い地域に有害廃棄物処理施設が集中していたことが挙げられる。一例は1982年のノースカロライナ州ウォーレン郡におけるPCB(ポリ塩化ビフェニル)廃棄物埋め立て施設に対する反対運動で、この地域にはアフリカ系アメリカ人が多く住んでいた。したがってこの用語の誕生時、「正義」は主に「人種的正義」を意味していた。換言すれば、人種的マジョリティ・社会的強者は良好な環境で生活できるが、人種的マイノリティ・社会的弱者は環境破壊の影響を受けやすい、という事実(=環境的人種差別[environmental racism])に対する正義である。
 また地政学的な環境正義の問題も指摘されてきた。環境負荷が都市から地方へ、先進国から開発途上国へ、という流れで分配されおり、都市の廃棄物が地方で処理されたり、先進国の企業が規制の甘い開発途上国へ工場を移転したりするという事例がある。また、環境負荷が現世代から将来世代へ分配される、という世代間の不正義も環境正義の射程にある。さらには、そのような「分配的正義」のみならず、意思決定過程への平等な参加を指す「手続き的正義」も環境正義を考える上で見逃せない。
 1980年代の環境正義をめぐる動きを受け、1991 年10 月24~27日にワシントンD.C.で「第1回全米有色人種環境リーダーシップサミット」が開催された。同サミットの結果、採択されたのが下記の「環境正義の原則」である(出典:http://www.ejnet.org/ej/principles.html[邦訳は筆者])。

1. 環境正義は、母なる地球の聖性、あらゆる種の環境的調和と相互依存性、および環境破壊を受けない権利、を認める。
2. 環境正義は、公共政策がいかなる形態の差別や偏見も含まず、全人類の相互の尊重と正義に基づくことを求める。
3. 環境正義は、地球が人間およびその他の生物にとって持続可能であるために、土地と再生可能な資源の倫理的で公正な、責任ある使用を求める。
4. 環境正義は、きれいな空気・土地・水・食料を享受する基本的な権利を脅かす核実験および毒性/有害廃棄物や毒物の取出・生産・投棄からの普遍的保護を求める。
5. 環境正義は、政治的・経済的・文化的・環境的自己決定権が全人類の基本的権利であることを認める。
6. 環境正義は、あらゆる毒物、有害廃棄物、および放射性物質の生産を停止すること、また過去と現在の生産者全員が生産時点で解毒・格納の厳しい責任を人類に対して負うことを求める。
7. 環境正義は、ニーズの評価、計画、実行、執行、評価といった意思決定のすべての段階に対等なパートナーとして参加する権利を求める。
8. 環境正義は、全労働者が危険な生活か失業かの選択を強制されることなく、安全で健康な労働環境を享受する権利を認める。また環境正義は、在宅勤務の労働者が環境被害を受けない権利も認める。
9. 環境正義は、環境不正義の被害者が被害に対する完全な補償と賠償、ならびに良質な医療を受ける権利を保護する。
10. 環境正義は、政府による環境正義に反する行為は、国際法、世界人権宣言、および国際連合ジェノサイド条約の違反であるとみなす。
11. 環境正義は、主権と自己決定を認める条約・契約・協定・規約を通じて先住民族が合衆国政府に対して有する特別な法的かつ自然な関係性を認める義務を負う。
12. 環境正義は、都市・地方の空間を整備・再開発する都市・地方の環境政策には自然との調和が必要であることを認め、あらゆるコミュニティの文化的統合性を尊重し、あらゆる資源への平等なアクセスを全人類に提供する。
13. 環境正義は、インフォームド・コンセントの原則を厳密に実行し、有色人種に対する実験的な生殖・医学的処置や予防接種の試験の中止を求める。
14. 環境正義は、多国籍企業による破壊的操業に反対する。
15. 環境正義は、土地や人類・文化、その他の生命体の軍事的占領・抑圧・搾取に反対する。
16. 環境正義は、我々の経験、ならびに我々の多様な文化的視点の完全なる理解に基づいた社会・環境問題を重視する教育が現在そして将来世代に提供されることを求める。
17. 環境正義は、我々一人ひとりが母なる地球の資源を可能な限り消費せず、また廃棄物を可能な限り生産しないように個人または消費者として選択することを求める。また、現在そして将来世代のために自然界の健康を確保できるような生活様式に取り組み、それを再優先するような意識的な決定をすることを求める。

 冒頭で述べた通り、「環境正義」という概念は主に環境的人種差別を解消するために誕生したが、現在は外延が拡大し、国籍、年齢(子ども・高齢者)、ジェンダー、セクシュアリティといった変数を包含するようになっている。
 この概念の問題点としては、「正義」という言葉に内包される強制性、また誰にとっての「正義」なのかというポジショナリティに関するものなどが挙げられる。加えて、環境破壊の被害者として弱者の立場を強調し過ぎるあまりに差別/被差別という単純な二項対立におちいってしまっている、という陥穽を指摘する声もある。さらには、被害者内部でもイデオロギー、階級、ジェンダーといった差異に基づく対立があり、環境正義運動を弱体化させる要素となっている。

【実践・応用編】
 アメリカではジョージ・H・W・ブッシュ大統領時代の1992年6月、環境保護庁(EPA)が報告書「環境的平等:あらゆるコミュニティに対するリスクの逓減」を発表し、同年11月にはEPAに環境平等室(のちに環境正義室と改称)が開設され、EPAが確実に環境的平等を進めるように道筋がつけられた。その後、ビル・クリントン大統領は1994年2月、「大統領命令12898号―環境正義」を発表し、連邦政府諸機関は人種的マイノリティや低所得者層に環境リスクの負荷が不平等な形で分配されないように環境正義に配慮することとなった。実際、原子力規制委員会はこの大統領令と国家環境政策法に基づき、ルイジアナ州でアフリカ系アメリカ人が多数を占める複数のコミュニティに建設が予定されていたウラン濃縮工場の設立許可証の交付を却下している。またアメリカ各州・市や他国(ベトナム等)では環境正義に基づく執行機関として環境警察が導入された例もある。
 エコクリティシズムと環境正義との関係を主題化した参考文献としては、外国語文献ではJ・アダムソン(Joni Adamson)らによるThe Environmental Justice Reader(2002)が挙げられる。日本語文献では松永京子が北米先住民族文学や井伏鱒二の『黒い雨』を環境正義の観点から分析した例が挙げられる。後者について松永は、原子爆弾投下によって広島に降った放射能に汚染された黒い雨が、生物学的に女性に不平等な形で影響を及ぼしたことを明らかにしている。またS・スロビック(Scot Slovic)らによる『エコトピアと環境正義の文学―広島からユッカマウンテンへ―』(2008)の第Ⅱ部「環境正義と新しい西部の風景」には、米文学を環境正義の観点から読み解いた論文5点が収められている。また同書巻末の「基本文献解題」も参考になる。

(森田系太郎)

 

参考文献
・スコット・スロヴィック、伊藤詔子、吉田美津、横田由理編著『エコトピアと環境正義の文学―日米より展望する広島からユッカマウンテンへ―』(晃洋書房、2008)【環境正義、環境文学】
・戸田清『環境正義と平和 アメリカ問題を考える』(法律文化社、2009)【環境正義、環境運動】
・戸田清『環境的公正を求めて―環境破壊の構造とエリート主義』(新曜社、1994)【環境正義全般】
・マレイ・ブクチン『エコロジーと社会』藤堂麻理子、戸田清、萩原なつ子訳(白水社、1996)【環境正義、階級】
・松永京子「黒い雨は平等にふりかかるか?―環境正義で読む北米先住民文学と日本原爆文学」『文学と環境』第10 号(2007):5-13.【環境正義、環境文学、ジェンダー】


・Adamson, Joni, Mei Mei Evans, and Rachel Stein, eds. The Environmental Justice Reader: Politics, Poetics, and Pedagogy. Tucson, AZ: U of Arizona P, 2002.【環境正義、エコクリティシズム、地域研究、ジェンダー】
・Merchant, Carolyn. Radical Ecology: The Search for a Livable World. 2nd ed. New York: Routledge, 2005.【環境正義、ジェンダー】
・Morita, Keitaro. “A Queer Ecofeminist Reading of ‘Matsuri [Festival]’ by Hiromi Ito.” East Asian Ecocriticisms: A Critical Reader. Ed. Simon Estok and Won-Chung Kim. New York: Macmillan, 2013. 57-71.【環境正義、エコクリティシズム、ジェンダー、セクシュアリティ・クィア】
・Stein, Rachel, ed. New Perspectives on Environmental Justice: Gender, Sexuality, and Activism. New Brunswick, NJ: Rutgers UP, 2004.【環境正義、環境運動、ジェンダー、セクシュアリティ・クィア】
・United States Environmental Protection Agency. Home Page. 02 Jan. 2015 <http://www.epa.gov/>【アメリカ政府が進める環境正義】


2014年11月10日公開、2015年1月21日更新

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